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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)284号 判決 1957年12月26日

控訴人 被告 出村寿美 外二名

被控訴人 原告 株式会社房総興信所

訴訟代理人 内山誠一

主文

原判決をつぎのとおり変更する。

控訴人らは、連帯して被控訴人に対し、東京都で発行する毎日新聞の朝刊千葉版の下段広告欄に二段抜で陳謝広告の四字ならびに宛名および控訴人らの氏名は四号活字その他の部分(本文、日附、控訴人らの肩書)は五号活字をもつて原判決添附第二目録記載のような陳謝広告を一日間掲載せよ。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共全部控訴人らの連帯負担とする。

事実

控訴人らは、「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人の本訴請求の原因として陳述した事実の要旨は、すべて原判決の事実欄に記載したところと同一であるので、ここに右記載を引用する。

控訴人出村寿美、同吉井正は、答弁として「被控訴人の主張事実中、控訴人出村が千葉県山武郡山武町所在山武情報通信社の社長であり、控訴人吉井が右通信社の発行する「山武情報」の発行人であること、控訴人らが昭和三十一年二月二十五日発行の山武情報発刊号第十二頁に原判決添附第三目録記載のような記事を掲載したことは、いずれも認めるが、右記事が被控訴会社の名誉信用をいちぢるしく傷つけたとの事実ならびに右記事の掲載により被控訴会社が大なる損害を被つたとの事実は、いずれも否認する。被控訴会社が昭和二十四年以来房総紳士録を既に三回刊行していることは認めるが、同会社の創立に関する事実は知らない。本件問題の記事は故意に被控訴会社の名誉信用を毀損するため掲載したものでなく、事実そのままを掲載したものである。現に被控訴会社は同社刊行の紳士録に関連して紳士録に登載すると称し山武郡下において三十五名から登載料を徴収しながら紳士録に登載しなかつた事実がある。」と陳述し、

これに対し、被控訴人は、「被控訴会社においては登載申込者はすべて房総紳士録に登載したのであつて、登載申込を受けながら登載しなかつた事実はない。控訴人ら主張の三十五名の者は、被控訴会社の元社員であつた醍醐芳衛が退職後であるにかかわらず依然被控訴会社の社員であるといつて房総紳士録に登載方を勧誘し、その予約金を詐取したことによるものであつて、被控訴会社の関知するところでない。また昭和三十年度刊行の房総紳士録が予定発行期より二月おくれて発行されたことは事実であるが、右は印刷所の争議によるものであつて、被控訴会社の責任ではない。」と陳述した。

控訴人杉谷茂は、第一、二審を通じ終始本件口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したものとみなされた控訴状の記載によれば、

「被控訴人の請求は全部承認出来ない。」とあるので、被控訴人主張の請求原因事実はすべてこれを争う趣旨と解せられる。

証拠として、被控訴人は、甲第一ないし第四号証を提出し、原審ならびに当審における被控訴会社(原告会社)代表者加瀬常太郎の本人尋問の結果を援用し、控訴人出村、同吉井は、当審証人醍醐芳衛の証言を援用し、甲第三号証の成立については知らない、その余の甲号各証の成立は認める、と述べた。

理由

控訴人出村が千葉県山武郡山武町所在山武情報通信社の社長であり、控訴人吉井が右通信社の発行する「山武情報」なる刊行物の発行人であること、ならびに控訴人ら三名が昭和三十一年二月二十五日発行の山武情報発刊号第十二頁に原判決添附第三目録記載のような記事を掲載したことは、控訴人出村、同吉井の認めるところであり、控訴人杉谷については、同控訴人が右山武情報の編集人であること、ならびに右記事掲載の事実は、控訴人出村、同吉井がその成立を認めたことによりその成立を認めうべき甲第一号証(山武情報発刊号)によりこれを認めることができる。そして右記事の内容と原審ならびに当審における被控訴会社(原告会社)代表者加瀬常太郎の供述により認めうべき被控訴会社は昭和二十四年以来既に三回房総紳士録を編集発行したことがあり、(右事実は控訴人出村、同吉井の認めるところである。)千葉県下において相当の信用を有していた株式会社であることを総合すれば、右記事はその真偽いかんを問わず相当被控訴会社の名誉信用を害するものであり、右記事を掲載した山武情報がひろく山武郡下の不特定多数人に頒布されればそれだけ被控訴会社の名誉を傷け、信用をおとすものであるということができる。

しかしながら、右記事の掲載頒布が、当初から被控訴会社の名誉信用を傷けることのみを目的としてなされたような場合は格別、そうでなくてこの種刊行物の性質上公共の利害に関する事実であつてもつぱら公益を図る目的に出たときは、摘示された事実について真実であるとの証明さえあれば、違法性が阻却されるものと解するを相当とする。そこで控訴人出村、同吉井は、右記事は事実をありのままに書いたのである、と主張するけれども、当審証人醍醐芳衛の証言のみでは右事実を認めることができない。もつとも昭和三十年度版房総紳士録の刊行が当初予定の刊行期より約二月おくれたことは被控訴人の自認するところであり、控訴人出村、同吉井に対する関係において成立に争なく、控訴人杉谷に対する関係においては原審ならびに当審における被控訴会社(原告会社)代表者加瀬常太郎の供述によりその成立を認めうべき甲第四号証と右代表者本人の供述によれば、被控訴会社の発行にかかる昭和三十一年版房総紳士録は当初昭和三十年版として同年十二月中に発行される予定であつたところ、おくれて翌三十一年五月十日発行された事実が明らかであるけれども、右代表者本人の供述によりその成立を認めうべき甲第三号証および右本人の供述によれば、被控訴会社においては昭和三十年十一月頃房総紳士録の原稿を整理し、株式会社小沢印刷所千葉工場に印刷を依頼し、同工場はその頃右印刷に着手したが、中途同工場において労働争議がぼつ発したため予定の期日に発行することができなかつた事実が認められるので、右発行遅延の事実があつたからといつて、本件記事全部にわたりその違法性が阻却されるものとなすことができない。

つぎに控訴人らが被控訴会社の名誉信用を傷けることのみを目的として故意に本件記事を掲載頒布したことは、これを認めるに足る証拠がないけれども、前掲甲第一号証によれば、控訴人らは、本件記事の材料を醍醐芳衛から入手したことがうかがわれるのであつて、このような場合には、直ちに被控訴会社についてその真偽をたしかめ、またその言い分をもあわせ掲載するのが報道関係者としてとるべき手段であるのにかかわらず、たやすく醍醐の言を信用し、その言うところは真実であると思わせるような記事を作成掲載したのは、全く控訴人らの過失であるというべきである。

しからば、右記事の掲載頒布の所為は控訴人ら三名が共同してなした共同不法行為であると認めるのが相当であつて、控訴人らは連帯して被控訴会社に対し被控訴会社が右共同不法行為により被つた損害の賠償をなすべき義務のあることは当然である。

そこでまず被控訴人の謝罪広告請求の当否について審究する。

本件記事の内容が被控訴会社の名誉信用を害すべき性質のものであることは前認定のとおりであり、かかる記事が掲載せられた山武情報発刊号の頒布により現実被控訴会社が名誉信用を害せられたことは前掲加瀬常太郎本人の供述によりこれを認めることができる。そしてこのような場合不法行為者は財産以外の損害に対してもその賠償をなすことを要すべく、また名誉毀損の場合裁判所は被害者の請求により損害賠償に代えまたは損害賠償と共に名誉を回復するに適当な処分を命ずることを得ることは民法第七百十条七百二十三条の明定するところであつて、その処分として謝罪広告の方法をとりうること、ならびに本人の意思に反して謝罪広告を命ずることが憲法第十九条に違反するものでないことは最高裁判所の判決の宣明したところである。(最高裁判所大法廷昭和三十一年七月四日言渡判決参照)本件の場合、当裁判所は、謝罪広告の方法をとることが被控訴会社の名誉信用を回復させるについてもつともよい方法であると考えるが、その程度内容は原判決の認容した程度内容で十分であると判断する。よつて被控訴人の謝罪広告を求める請求はこの限度において認容し、その余は失当として棄却すべきである。

つぎに金銭賠償を求める被控訴人の請求の当否につき審究する。

被控訴人が控訴人らの本件不法行為により現実に財産上の損害を受けたとするならば、控訴人らは連帯してこれが賠償をなすべき義務あることは当然である。しかしながら本件において被控訴会社が果して幾何の財産上の損害を受けたかは前掲加瀬常太郎本人の供述によるも確定することができない。従つてその賠償義務の有無は無形損害の点にしぼられてくる。ところで被控訴会社は肉体をそなえた自然人ではないのであるから、その精神上の苦痛に対する慰藉料ということは問題でなくなる。被控訴会社の代表者加瀬常太郎が精神上の苦痛を受けたという事実はあるいはあつたであろうけれども、これをもつて直ちに法人である被控訴会社そのものが精神上の苦痛を受けたということはできないのであろう。それに名誉信用を回復する手段としてすでに控訴人らに謝罪広告をなすことを命じてあるのである、従つてたとい法人であつても無形損害に対し金銭賠償を求めることはできるとしても、本件においては右賠償に代え謝罪広告を命じたのであつて、右賠償とともに謝罪広告を命ずるまでの必要はないと考える。よつて金銭賠償を求める被控訴人の本訴請求はすべて理由なしとして棄却する。

よつて原判決はこれを変更すべきものとし、民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十二条第九十三条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判長判事 大江保直 判事 久永正勝 判事 猪俣幸一)

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